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JR・野崎駅⇒野崎中公園(集合)⇒ 野崎観音 ⇒ 大東市立青少年野外活動センター ⇒ 楠公寺・飯盛山(昼食)⇒ 四条畷神社(解散)⇒J R・四条畷駅 <距離> 約7km <参加者数> 104名 まばゆいばかりの新緑と野鳥のさえずりの中、野崎観音から飯盛山に登り、四条畷神社までを歩いた。第108回のくらわん会は5月3日(憲法記念日)に行われた。 当日はのざきまいりの真っ最中とあって、JR・野崎駅を降りると駅前からの参道には露店がぎっしりと並んでいる。ゴールデンウィークで且つ、くらわん会では珍しいハードコースとの前宣伝にもかかわらず、集合場所の野崎中公園に集まったのは元気な104人、中にはお孫さんを連れた会員の姿もある。恒例どおり会長あいさつで始まる。 下見の結果、当初予定の室池行きを断念し、飯盛山に登って四条畷神社へ下山するとの説明がなされた。初参加者の自己紹介、75回参加の枚方南・菅原陸三さんをはじめ多数回参加の表彰と続き、野口リーダーのコース説明、次月コースの説明があって出発する。 参道では参拝客に混じって進む。朝早くから開けられた露店では、金魚すくいや買い物を楽しむ子供の姿も見られる。つつじが満開の石段を登り野崎観音に到着する。野崎観音は福聚山慈眼寺といい曹洞宗のお寺で、8世紀の天平勝宝年間インドから来た僧が、この地は釈迦がはじめて仏法を説いた地に似ていると告げたので、それを聞いた行基菩薩が白樺で十一面観音を刻み安置したのが始まりとされています。開運招運・厄除け・縁結び・安産・子授けなどのご利益があるとされ、毎年5月1日から10日まで「のざきまいり」が行われる。 無縁経法要といい、有縁無縁のすべてのものに感謝のお経をささげる行事とされており、昔は大阪から舟や陸路で多くの参拝客がお参りしたと伝えられています。境内では昔懐かしい大道芸の南京玉簾も行われていて大変な賑わいである。参拝客に混じってわれわれもお参りをする。 当日は雲一つない快晴、山に入り新緑の眺めと音の変化を存分に楽しむ。野崎観音を出ると登り坂が続き黙々と登る、会員達は以外と元気である。ほどなく大阪平野のすばらしい眺めが目に入ってくる。南京玉簾の賑やかだった音が次第に小さくなり野鳥のさえずりが耳に心地よい。野生のつつじが薄紫で満開、目を移すと藤も咲いている。今はカラスの子育て時期とか?カラスの巣があるのか鳴き声が賑やかな一帯があるが、それも次第に小さくなり、また野鳥のさえずりに戻っていく。辻の新池は満々と水を湛えている。なんとすばらしい季節だろうか!休日で山歩きを楽しむ人達と行き交い「こんにちは」とさわやかな挨拶を交わす。 大東市立青少年野外活動センターでしばし立ち止まり、トイレ休憩をとる。杉や檜の木立の中を抜け、ちょうど12時に楠公寺に到着し、昼食休憩に入る。大半の会員はさらに数分かけて飯盛山の山頂まで登り昼食を楽しむ。家族連れも含めてたくさんのグループが弁当を広げ、ビールを飲んでいるところもある。一汗かいた後で大阪平野を見下ろすとまた爽快である。山上には14世紀の南北朝時代、四条畷の戦いで敗れた楠木正行の像が建立されている。そんな時代に思いをはせて歴史談義をしながら昼食をとる。 山頂にはFMの放送塔もある。 午後1時、楠公寺に再集合し、四条畷に向かって下山する。木立の間の急坂を時にはロープに手をかけ、あるいは木に手をかけて慎重に下る。途中には滝谷楠水の水飲み場があって、のどを潤す人もいる。ほどなく舗装道路に出て民家も現れる。道端や庭先ではつつじ、草花が咲き乱れまさに百花繚乱の好季節である。最終目的地の四条畷神社は、やはり四条畷の戦いで殉死した楠木正行を主神として明治23年につくられた神社である。境内には楠木正成・正行の桜井の別れを表した忠孝両全の像も完成し、厳かな雰囲気である。全員が無事に到着し、それぞれ手と口を清め、社殿に参拝する。 くらわん会としてはちょっときつかったが、自然を満喫した今日一日を振り返って、しばし談笑した後解散となり、JR・四条畷駅に向かった。 (杉浦義次記) |
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