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☆第63回 式年遷宮のすべてを学ぶ伊勢の旅

平成25 (2013)1128()

参加者46

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62回式年遷宮が完了したお伊勢さんを訪ね 外宮参拝と「せんぐう館」見学 

国の名勝二見ヶ浦で「賓日館」見学と 夫婦岩の景観を楽しみ 

おはらい町の幕末創業「すし久」で 「てこね寿し」などの

伊勢志摩の田舎料理を満喫しました


お伊勢さんへは北摂文芸クラブとして二度目になる。前回は、伊勢神宮入り口に当たる河崎の町並み散策と、内宮参拝だった。今回は、外宮と二見ヶ浦観光が主体。出発前にドライバーさんが安全と車内温度などの気配りの挨拶をしてくれた。何よりも心強く思う。寒い朝にもかかわらず出足よく定刻より10分早く出発。

いつものように、世話役から大勢参加してくれたお礼や配布資料の説明。添乗員さんからは、スケジュールと諸注意の他に、おはらい町・おかげ横丁は大変な混雑だと思うので迷子にならないようにとのお話。旅への期待がふくらむ。バスは渋滞もなく京滋バイパスから新名神高速、そして伊勢路へ。車内の談笑と、車窓からの錦織り成す山々に時間を忘れる。


【せんぐう館・外宮参拝】

「せんぐう館」は平成24年春、外宮神域内にオープンしたもので全てが新しい。地上1階・地下1階の鉄筋コンクリート構造+鉄骨造りで、延べ床面積2442.22平方メートル。

 ≪第62回神宮式年遷宮を期して、社殿造営・御装束神宝奉製の技術を展観し、我が国が誇る技と心の精華を永く後世に伝える理念のもと「せんぐう館」を創設しました。当館は20年に一度行われる神宮式年遷宮を通じて、広く我が国の伝統・文化を伝え、日本人の営みと精神文化の中心にある神道の継承をめざします。≫ と「せんぐう館」ホームページに紹介されている。

入館すると、正面に「遷宮シアター」室。ここでは、神宮式年遷宮が伝えることを映像で紹介しているが、限られた時間なので他へ進む。展示室は8室に分かれ、装束や神宝の調整(製作)の紹介や社殿造営に使われる木材や大工道具類の展示など多岐にわたる。

例えば「唐鞍皆具(からくらかいぐ)」という神宝は、木材→木型の馬→色塗り→装飾といった素材から完成までの各ステップの物を陳列している。屋根の鰹木の展示では、鰹木とその取付部分が目の前で観察できる。ここまで艷やかなのかと驚く緻密な細工だ。

圧巻は展示室5。地下1階と地上1階を使って実物大の大きさの外宮正殿の側面部4分の1を再現したもの。参拝では遠くて見えないのに、ここでは遷宮後宇治橋の鳥居に再利用される棟持柱(むなもちばしら)を中心とした素木造り、優雅な曲線を描く茅葺き屋根が目の前で観られる。記録に留めたいが館内は撮影禁止。残念! 館内からの勾玉(まがたま)池の眺めに安らぐ。


外宮鳥居前で全員の記念撮影 (◇)
 

   勾玉池に浮かぶ奉納舞台と「せんぐう館」       「せんぐう館」から勾玉池を望む

 後ろ髪を引かれる思いで「せんぐう館」を後にし、外宮(豊受大神宮)に向う。お祀りしているのは、豊受大御神(とようけのおおみかみ)とも、御饌都神(みけつかみ)とも呼ばれ、御饌(ごせん)、つまり神々に奉る食物をつかさどられていて、このことから衣食住、および広く産業の守護神としてあがめられている。

手水舎(てみずしゃ)で手と口を清め、第一鳥居、第二鳥居を経て正宮へ。内宮より玉砂利が薄く歩きやすいし距離も短い。遷御された真新しい正宮に参拝。やはり正殿は見えないが、目に入る社の全てが常若の思想のもと清々しい。

すぐ隣の旧正宮を観る。あまりにも朽ち果てた姿に思わず手を合わす。20年の役目を果たした尊いお姿だ。

      

     新正宮 (☆)                    旧正宮 (☆)


【宇治橋・おはらい町】

 内宮入り口の宇治橋の前でバスを降りる。内宮参拝の時間はないので、近くを散策。五十鈴川の流れや紅葉を楽しむなど、しばしの憩いをして、揃っておはらい町の「すし久」へ向う。

   

            宇治橋の鳥居前で (★)                五十鈴川 (☆)

  

               おはらい町 (☆)                     本日の食事処「すし久」 (☆)

 高度経済成長時代が過ぎたころ、参拝客が500万人であるのに、おはらい町を訪れる観光客が20万人まで落ち込んだ。昭和54年、有志が「内宮門前町再開発委員会」を結成、伊勢の伝統的町並みの再生を始め、10年で江戸時代の町並みがよみがえった。観光客は平成14年に300万人を突破し、江戸時代の頃の賑わいを回復した。


【昼食・おかげ横丁】

 今日の昼食は、幕末創業の「すし久」。 明治から昭和初期、「勅使の宿」にもなり、遷宮時の古材を唯一民間に下賜された(宇治橋の古材を梁に使用)由緒をもつ老舗。 いただく料理は名物「てこね寿し」をメインにした伊勢志摩の田舎料理。 


まずは恒例の頑張ろう乾杯! (◇)

「てこね寿し」は醤油漬けのカツオを酢飯にのせたもの。カツオ漁師の船上食が始まりとか。初めて食べたが、カツオ大好き人間なので家でも作ってみたいものだ。 こんにゃくの田楽、麦飯にトロロ汁かけ、モズクの赤出汁など素朴な味がいい。それに大粒のサザエ2個、旨かった! 全国の人が集まるおはらい町を代表する店だけあって、味も量も120点。満足、満足。

食後、バスが待つ宇治橋前まで自由散策。おかげ横丁やおはらい町をそぞろ歩き、お土産を買ったり、赤福をたべたり…。

  

    おかげ横丁「赤福」前で (☆)         おかげ横丁「太鼓櫓」で「神恩太鼓」演奏


【二見ヶ浦・賓日館・夫婦岩】

 二見ヶ浦は伊勢市二見町の今一色(いまいしき)から立石(たていし)崎に至る海岸で、伊勢志摩国立公園に属し、国の名勝に指定され、日本の渚百選にも選ばれている。二見浦海水浴場は日本最初の公認海水浴場だそうな。何よりも立石崎の二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)内にある夫婦岩は全国的に有名だ。

 「二見」という名称は、内宮を経て流れてくる五十鈴川が二見の地を挟むように東西に別れて伊勢湾に注いでいることから「二水」と呼ばれ、いつしか景勝地ゆえ何度も振り返って見る「二見」になったとか。 

まず、賓日館(ひんじつかん)を見学する。

 

賓日館入口                        2階からの眺め

 

  120畳敷きの大広間と折上格天井 (☆)

 22.5寸角の断面の格縁(ごうぶち)と呼ばれる部材で格子を作り、格間(ごうま)に正方形の板を張った天井を格天井(ごうてんじょう)といい、格縁を「亀の尾」と呼ばれる曲げ物にして折り上げた形式の天井を「折上格天井(おりあげごうてんじょう)」という。(説明書きより) また、正面の舞台の下には6つの大きな甕(かめ)があり、能舞台の機能も備えている。

 

 繊細な造りに見入る (☆)                   二見カエル

 階段の親柱に彫られている「二見カエル」は親柱と同じ楠の一木に彫られていて、後で取り付けたものではない。「二見カエル」は縁起のよい「無事帰る」との語呂合わせから、二見興玉神社祀神・猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)のお使いのように扱われ、二見のシンボルになっている。

賓日館は明治20年、伊勢神宮に参拝する賓客の休憩・宿泊施設として、神宮の崇敬団体・神苑会(しんえんかい)によって建設。明治44年には隣接する二見館(三重県初の政府登録国際観光ホテル)に払い下げられ、二見館の別館として平成11年まで貴人の宿泊所とされたが、二見館の休業後平成15年、二見町に寄贈された。

 贅(ぜい)を尽くした賓日館を後にして、海辺の二見興玉神社・夫婦岩へ向う。穏やかな日和だが、打ち寄せる波は時おり歩道を洗っていた。

 

  立石崎の風景                        夫婦岩 (◇)


仲良しのシンボル夫婦岩をバックに女性陣 (◇)


青空・松・夫婦岩をバックに笑顔の男性陣 (◇)

 夫婦岩は、日の大神(天照大御神)と猿田彦大神ゆかりの興玉神石(おきたましんせき)を拝むための鳥居の役目を果たしているそうだ。古来、男岩は立石、女岩は根尻石と呼ばれていたが、いつの頃からか、夫婦岩と呼ばれるようになった。そして、立石崎が神宮参拝前に身を清める禊場(みそぎば)となった。


 これで本日の訪問は全て完了。一路高槻へ向う。前回と同じように、福岡県の南蔵院、林覚乗(はやしかくじょう)住職のDVDを視聴。今日のタイトルは『同行二人』。お遍路の際、一人ではなく、いつもお大師様(弘法大師空海)と一緒という、よく知られた言葉だが、住職は、その真の意味を説かれた。

 今日は、外宮参拝で今年無事に過ごせた御加護に感謝し、二見興玉神社・夫婦岩に、来る年の平安を祈願し、昼食では珍しい伊勢志摩料理を賞味堪能する旅だった。来年は午年。馬が合う文芸クラブ、いい旅をしたい。



<写真>竹内一朗(◇)  見城好豊(☆)  下田紘一(★)  永野晴朗(無印)   

<文>永野晴朗