第103回:万博公園花見ウォ−ク

2011年4月7日(木)  参加者92名


さまざまなこと思ひ出す桜かな  芭蕉
 1970年世界から6400万人が参加した大阪万博の開催地、万博記念公園で花見・散策・観賞を楽しむ「超楽々コ−ス」を設定し、 それぞれが郷愁に浸ると共にお互いの親睦を深めて頂く。

4月7日(木)午前10時、JR茨木駅集合。
EXPOロ−ドを 軽やかにしっかりと歩き、東口ゲ−トへ。参加者92名。  


東日本大震災への「松愛会:義捐金拠出お願い」を実施後、
「JR茨木駅」東広場で冨士永リ−ダ−より本日の行程説明

博覧会史上アジアで初めて開催された日本で最初の国際博覧会。

◆テ−マ:人類の進歩と調和
◆会期:1970年3月14日〜1970年9月13日(183日間)
◆会場:吹田市の千里丘陵(約350ha)
◆参加国数:77カ国4国際機関
◆テ−マソング:世界の国からこんにちは
◆総入場者数:6,421万8,770人 (2010年の上海万博に抜かれるまで、長らく万博史上最高だった)

◆◇万博に登場し、その後普及したもの
温水洗浄便座  動く歩道 エアド−ム 携帯電話 アストロラマ(360度全天周スクリ−ン映像)  テレビ電話  ロ−カル・エリア・ネットワ−ク(LAN) 電波時計 廻りすし
軽水炉型原発  ・・・・  敦賀原発からの電気供給で点灯された



茨木市内駅前陸橋を渡る

大阪モノレールは万国博終了後 20年を経た「みどり博」の年、
1990年に路線開業


モノレ−ル「彩都線」の下を通って「自然文化園」東口ゲ−トを
めざす ― 41年前と唯一変わった景観である

サア〜万博、心躍る青春への回帰!


入場券を支払い、「自然文化園」に入る。 桜並木のもとで陣取る。世話役の監視下、リュックを置き去りにし、万博公園をにこやかに巡る。
 まず、岡本太郎の「太陽の塔」を仰ぎ見る。丹下健三の建物から突出する高さ70mのタワー。 太郎は、「桜花いのちいっぱい咲くからに いのちをかけてわが眺めたり
の歌人かの子と風刺漫画家一平の息子。 原色と激しいタッチ(筆触)を特徴とする洋画家・前衛芸術家だ。
「太陽の塔」は、今も生命がほとばしり、「芸術は爆発だ!」と叫び続けているかのようだ。


シンボルとはいえ、こんな奇妙奇天烈なオブジェを作って
がむしゃらに未来へ 進まんとする時代の意欲にに脱帽!!

「太陽の塔」は高さ70m、直径20m、
近くで見ると大きい! 踏みつぶされそう!


塔が表現している【生命を支えるエネルギーの象徴であり、未来に向かって伸びてゆく 生命の力強さ】がある限り、東日本大震災からの日本復興は可能だろう!!

◆◇『太陽の塔』
丹下健三が設計した「お祭り広場」中央に、広場を覆う 銀色のトラスで構築された大屋根から塔の上半分がつき出す形で建てられていた。
万博会期中は、観客は地下部分から、透明のトンネル状の通路を通って太陽の塔内に進入した。

未来を表す上部の黄金の顔(直径10.6m、目の直径2m)、
現在を表す正面胴体部の顔(直径12m)、
過去を表す背面に描かれた 黒い顔の3つの顔を持つ。

内部は中空になっており、「生命の樹」と呼ばれる巨大なモニュメントが中心に位置している。 地下空間も設けられており、そこにも
「地底の太陽」と呼ばれる第4の「顔」(直径3m)が設置されていた。
しかし、様々な処理のドサクサで行方不明となってしまった。現在も手がかりとなる情報はなく、引き続き情報提供が呼びかけられている。

夕方〜23時まで黄金の顔の目には148個のLEDを使用して光を放っている


水車茶屋から森に入り「自然観察学習館」へ。 「ソラード」では森を空中観察する。螺旋階段を登りつめ、「展望タワー」の頂上から北摂一帯を360°遥かに見渡す。  花の丘の菜の花・ポピーと花園のチューリップを満喫する。  お孫さんを真ん中にしておしどり会員が手をつないで歩かれている後姿が微笑ましい。  東の広場に戻り、七分咲きの桜の花のもとで、親しい仲間との昼食と懇談を楽しむ。 ほろ酔い姿もちらほらと見かける。


超楽々なのにシンドイではないか! こんな声が出たかどうか?

ヤット自然文化園を一周したぞ!


来年も近場の花見をやろう〜ヨ

桜の下で昼食、イヤッ酒盛りか


話題は若かりしあの頃のことか
◆◇万博当時の交通網
☆中国道 ― 上り線用地を北大阪急行電鉄会場線用地として貸与していたため、万博開幕直前の1970年3月1日に 吹田JCT-中国豊中IC間のみ暫定2車線で供用を開始し、万博期間中の7月23日に中国豊中IC-宝塚IC間までが延伸した。 万博終了後に当初の計画どおり4車線化されて開通した。

☆万博への直接乗り入れ ― 北大阪急行電鉄「万博会場線」が、千里中央駅から現在の中国道上り線に敷設され、万博中央口駅 が設置され、中央環状を高架で万博入口と結ばれていた。
北大阪急行は万博期間終了後、会場線と万国博中央口駅を即撤去した。

☆JR茨木駅 ― 木造駅舎から現在の高架駅に変更されて、駅前にロ−タリ−が出現し、エキスポロ−ドでシャトルバスが運行された。

入場券を提示して日本庭園に入場し、 見物しながらゆっくりと一周する。 
午後2時半、全員無事に解散。


41年前ここに「佐藤さん」が立って挨拶した

松下館の「タイムカプセル」は大阪城に、竹はここでなびいている


庭にマッチし、歩きやすい歩道 ― さすがの造園技術

◆◇日本庭園
1970年の日本万国博覧会に日本の造園技術の素晴らしさを世界に紹介するために 作庭されたものだそうです。 総面積は約26ha、東西が約1300m、南北が約200mの横長の形となっています。

庭園は西側の標高が高く、東側が低い配置となっていることを利用して、水源を西端に設け、そこからの 水の流れを庭園の中心にして、西から東に向かって流れるせせらぎに沿って、上代から中世、近世、現代へと 4つの造園様式を取り入れた贅沢な散歩道へといざないます。

特に近世庭園では江戸時代初期の池泉回遊・船遊式大庭園の表現のために、 巨大な心字池を中央に配しています。
『心』という字は素晴らしい形で、見る位置によってさまざまに変わる配置らしいです。
周囲には日本国内から集められた名木を配して、マツ・桧から花木を中心にまさに名木が見られます。
この庭園の維持に年間2億円かかるとのこと。



桜・新緑が池に映える

枯山水の庭に洲浜あり


奈良三笠山を模した築山 ・ 頂上には日本一のクロマツあり

満々と水を湛えた心字池


夏場は早朝に、蓮の開花が聴けるとのこと

中越地震で被災した鯉もここで泳いでいます


◆「登山コース」の代わりに「超楽々コース」を導入し、好天にも恵まれたお陰で2年振りに
90名を越える多数の方々に参加し、楽しんで頂けた。

◆要所要所で冨士永さんの見事な案内と解説が冴える。
41年の歳月をかけて改良された結果、 万博記念公園は素晴らしい公園となっている。

◆大阪万博のプロデューサーだった堺屋太一さんが今もご健在なのは嬉しい限りだ。

◆中宮寺を模したと言われ、格別美しかった和風建築の「松下館」を思い出す。 偉大だった先人達を偲ぶと共に新生パナソニックの発展を祈念する。


3組に分かれて、記念写真を撮影。  


『太陽の塔』と満開の桜を背景に記念撮影

高槻支部1:あ〜そ

高槻支部2:た〜

茨木摂津支部およびその他支部
      【世話役】 岩室孝之・田村勲・冨士永義文

         【 文 】   辰巳寛康

      【写 真】 仲尾富三 

     【構 成】 冨士永義文