第20回 香川歩こう会実施


1)行き先  さぬき広島 (丸亀市広島町)(写真1)(写真4)
               広島は丸亀市の西北12.5kmの瀬戸内海上にある塩飽28島中最大の島
               江戸末期までは塩飽水軍の拠点で、自治領として独立した地位を認められていた。
               石材業が多く、釜の越・甲路・青木などの採石場があり、青木石で出荷している。

2)日 時    平成20年5月20日(火) 晴

3)参加者   13名

4)概要     台風4号の影響で天気が心配されたが、風もなく好天恵まれ 最終集合場所のJR丸亀駅に
          会員の奥様2名を含め総勢13名が9時に集合した。
          JR丸亀駅から徒歩で5分の丸亀港から広島行きのフェリーに乗船(写真2) 10時5分に 
          広島・江の浦港到着(写真5) いろは石の石碑の前で集合後(写真7)、島の東半分
          (約12km)の道程(写真6)を歩き始めた。
          いろは石・・藤本正樹氏と有志によって、広島特産の青木石(御影石)に『いろは歌』の
                  頭文字に名言を書き『錦文字』で彫った石碑を広島全島の道路沿いに500m
                  間隔で45基 建てられている。

          まず、江の浦海岸を左に観ながら、広島小中学校(今は全生徒2名・教職員6名)(写真8)の
          横を通って、レキの墓の前を通り、島を南北に縦断している道に抜けた。
          レキの墓・・慶応2年(1866年)瀬戸内海へ航路調査を調査に来ていた英国軍艦の乗組士官
                  レキが病死 粗末な十字架の墓だったのを島民が惜しんで、日本名を付けて
                  石の墓を建てた。

          いろは石(写真10)を見ながら歩き、11時に地福寺に着いた。(写真9)
          更に北に進み、島の中央に位置する山の神展望駅(写真11)で、休憩&昼食を摂った(12時)
          展望駅からは島の北中央に位置する茂浦港が臨め、また爽やかな初夏の風が吹いて、
          疲れた身体を癒してくれた。 昼食後、新緑に覆われた道(写真12)を進んで島の最北端を廻り 
          島の東海岸を左に観ながら南に向って歩いた。 対岸の本島越しに瀬戸大橋が臨め、(写真15)
          快い潮風が吹き抜けて、心身ともにリラックスできた。

          立石港付近から少し山側(西側)に入ると、神光寺や江戸時代に青木石の運搬船業で多くの富を
          築いた旧尾上邸(青木石をふんだんに使った石垣や立派な建物や日本庭園・未公開)を外から
          見学して、海岸通りの道に戻った。 途中、山田世話役が下見の時 お世話になった香川様から
          声をかけていただき、ご自宅前の田圃の苺を皆んなで摘んで、そのまま食した。(写真14)
          無農薬栽培なので、付いた土を手で払い除けて食べたが、甘くてみずみずしく美味しかった。

          15時30分頃 江の浦港待合所に着き16時40分の船に乗船し、帰路についた。
          
          次回は6月10日(火)・屋島(高松市)を予定しています。

                                                          記事 工藤

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no01
写真@地図
no02
写真A今から出発 丸亀港
no03
写真B丸亀港フェリーチケット売り場
no04
写真C広島を望む
no05
写真D広島・江の浦港に到着
no06
写真E広島全島の案内板
no07
写真F江の浦港・いろは石碑の前で
no08
写真G広島小中学校全容
no09
写真H地福寺
no10
写真10 <ろ>の石碑
no11
写真11 山の神展望駅で昼食
no12
写真12 周路・東海岸付近
no13
写真13 <え>の石碑の前で
no14
写真14 香川さん(前列右端)を囲んで
no15
写真15 瀬戸大橋を臨む