〜絵のある人生風景〜 |
||
ていてい ゆきお | ||
大津市在住 廷々 幸夫
|
||
☆ | あいつは教師失格だった 小学校3年生のころ、宿題に図画工作の作品提出というのがあった。自分で言うのもおかしいが、わたしは結構器用なほうで、ものをつくるのが楽しかったし、その日、一生懸命つくった作品を学校へ持参した。講壇の教師のところへ順番に並んで作品を見せに行く。わたしが作品を差し出したとたん、教師は「宿題は自分でして来い!」そう怒鳴りつけると、「これは、ボクが・・・・・・」と言うのも聞かず、「なにを言うとるか、はイ つぎ」と私を突き飛ばすように払いのけた。それから卒業するまで、わたしは二度と図画工作の制作をしたことがない。 |
|
☆ | デッサンに通った日もあったが 小学校での苦い想い出があっても、やはり好きだったのだろう。青年の日、叔父の家で知り合った画家の人たちに「勉強会にキミも来たらいい」と許されて叔父に同道したのだが、これが裸婦のデッサンやクロッキーという、わたしには、とても手に負えぬとんでもない勉強会で、二年間ほど四苦八苦をつづけたが、松下電器に勤めるようになると、そんな余裕もなくなって、夜討ち朝駈けの40年間、絵のことはすっかり忘れて暮らしてきた。 | |
定年後、会社のなかまから、水彩画同好会に参加しろ、と声がかかった。まさか、もう一度絵筆を持つなどと考えてもみなかったので、尻込みしたが、声を掛けてきたメンバーを聞くと、辛いとき苦楽を倶にした連中と、若いころの直属部長だった先輩までいる。こんな連中相手にイヤという勇気がなくて、加わってはみたのだが、ほとんど忘れていた絵心と、はじめて手がける水彩技法の難しさに、グループ展のたびに恥をかきつづけた。だが、友人とはいいもので、その都度、おだてたり、すかしたりして、私の落後を食い止めてくれた。 | ||
☆ | きわめて個人的なお話 わたしの母は、満100歳まで生きた。わたしは4人兄弟の末っ子なのだが、どういうわけか、家内と結婚以来、母は、わたしの生活の周辺にまといつくように生きた。 退職後、夫婦そろって海外旅行などを楽しむ人が多かったが、高齢で目が離せなくなっていた母のことが、たとえ施設に預けている間も気がかりで、わたしは家内の旅行につきあうことがなく、家内は、つど、友人や妹や娘と相手を替えて行をともにした。 母が終末の床にあったとき、わたしの病状がはっきりして緊急に手術を受けることになった。癌と聞いた家内の第一声は「そんな殺生ナ」だった。もうすぐ、老母を送るところへ送ったら、わたしと海外旅行へも出かけられる、そう思っていた家内の本音であったろう。 手術はうまくできたが、いささか時期を失していたので、すぐ再発した。介護に無我夢中で、その数年間、自分の健康管理に手を抜いていたのだ。 | |
☆ | いま、なにを思って絵を描いているのか 幸い、いま、元気な時間をあたえられ、ときどき家内との旅行も楽しんでいる。 最近の画題には、家内と一緒に出かけた先の風景を選ぶことが多い。「宏村好日」「宏村の路地」「屯渓の蓮」は、いずれも中国の村を訪ねたときのものである。「逢坂山の辺り」は、昨年、家内が入院していた大津日赤の病室を抜け出して、裏山づたいにスケッチに出かけたときのものである。「雪の日の辻」は、琵琶湖一周路線を楽しんで、米原駅の一番端のホームからみた風景で、寒くなるとホームの熱い蕎麦で温まるのが恒例になった。 家内は、わたしの絵を題材のスケッチ場所までの費用で表現する。米原の駅では改札を出ず、JRの逆回りコースで西大津まで帰ってきたので運賃170円の絵である。琵琶湖畔を描いたときは、一緒に歩いて行ったので、タダの絵ということになるし、その意味では、中国の3点は、だいぶん高価な絵ということになる。 こんな戯れ言を楽しみながら、家内とおなじ想い出の題材を書き続けるのは、わたしがいなくなったあと、「ああ、この絵は、トラックの通る道端で、ホームレスみたいな格好してスケッチしたはったときのや」などと、少しでも豊かな想い出が残してやれたらと思うからである。 ながいあいだ、わたしの勝手な生きざまに辛抱強くつきあってきてくれた家内に、わたしが出来ることといえば、こんなことしかない。 「うまい絵を描こうと思うな。いい絵が描けるようになれ」とは、絵描きのあいだでよく言われることだが、そこに川があるから川を描く、城があるから城を描くのではなく、川や城を題材として、なにを表現しようとするのか、それが先だとも言われる。 わたしが、その題材でなにを表現したかったのか、そんなことを想像して眺めてくだされば有り難いことである。 |
最近の作品から |
|||||
|
|
| |||
宏村好日 | 宏村の路地 | 屯渓の蓮 | |||
|
| 絵をクリックすると 拡大画像を見ることができます。 | ||
逢坂山の辺り | 雪の日の辻 |