出雲の国の一里塚

一里塚は、主要な道の一里(約4km)ごとに土を盛り、木を植えた道しるべ。

1604年(慶長9年)に江戸幕府が全国に設置するよう命じた。出雲では伯耆との国境に1番目が築かれ、西に向けて、最後は22番目のものが出雲市多伎町田儀にある。

全国で現在、形が残っていて、国指定史跡の一里塚は17塚しかない。その中の3塚が山陰道の出雲の国にある。

★安来一里塚(安来市内の住宅街の中)

ここは3番目のもので、国境から2里の位置にある。大きな松の木の下で、旅人が休息の場所として利用したことだろう。


★伊志見一里塚(松江市宍道町伊志見、9号線沿い、道の駅「湯の川」の松江寄り)

ここは13番目のもので、国境から12里、松江城下から約5里の所にある。説明プレートには測量図や写真もあり当時をしのぶことができる。

★出西・伊波野一里塚(出雲市斐川町神氷・富村)

ここは15番目のもので、国境から14里、松江城下から約7里の所にある。大木の松の木は昭和46年の雪害で損傷を受け、危険となったので伐採された。

旅人の休息の場も、付近に田畑を持つ人にとっては、日陰や落ち葉による被害があったようで、ここの一里塚にはそうした記録が残っているという。



(情報 和田森


安来一里塚 安来一里塚 昔の写真
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