出雲大社を超える2つの神社

山陰を代表する神社といえば現在では名実共に「出雲大社」です。
しかしながら松江市には「出雲大社」を超える2つの神社があります。

1つは「熊野大社」です。
「出雲国風土記」等の古文書によると、出雲地方には「熊野大社」と「杵築大社」の2つの大社があり、「熊野大社」が出雲一之宮で「杵築大社」が出雲二之宮とされ、出雲の「熊野大社」は紀州をはじめ全国に数ある「熊野大社」の中で最高の勲位に位置づけられていたとされています。
しかしながら両神社を司っていた出雲国造家が、中世「熊野大社」のあった意宇郡から「杵築大社」のあった杵築郡にその拠点を移してから、出雲の「熊野大社」の名前は殆ど出なくなってきて、「杵築大社」が「出雲大社」としてその名前を全国に広めていきました。
「熊野大社」はその名前こそ「出雲大社」の陰に隠れていますが、現在も出雲一之宮として、出雲国造の世継ぎの儀式「火継式(神火相続式)」や「新嘗祭」等の重要な儀式は出雲大社宮司の出雲国造家が「熊野大社」に出向いて行われています。

もう1つの神社は「神魂(かもす)神社」で、その本殿は「出雲大社」より400年前に建立されたわが国最古の「大社造り」の神殿として国宝に指定されています。
「神魂神社」の位置付けに関しては古文書に殆ど記録が無く、出雲国造家の氏神だったのではといわれています。

ちなみに出雲国造家は、南北朝時代にその相続争いの解決策として、2つの国造家をつくり等分に祭事を分担するという案が採用されたため、現在も出雲大社の宮司を務める千家国造家の他に北島国造家があり、千家国造家は「出雲大社教」、北島国造家は「出雲教」とそれぞれの宗教法人を主宰しています。(出雲教の神殿は出雲大社の西隣にあります)
千家国造家の「火継式」や「新嘗祭」は前記のように「熊野大社」で行われていますが、北島国造家では「神魂神社」で行われています。

(情報 千田)
熊野大社 神魂神社
出雲大社本殿 出雲教神殿