6月13日(水)、能勢電鉄平野駅から多太神社、三ツ矢サイダーの塔や頼光寺(畦野駅)、郷土館(山下駅)に
行ってまいりました。
多太神社は、1000年以上前の延喜式神名帳に「摂津国川辺郡 多太神社」とある由緒ある式内社です。
多田(タダ)神社と呼称が同じため、地元では“タブト” 神社と呼んで区別しています。
祭神は、伊奘諾尊(いざなぎのみこと)・伊奘冊尊(いざなみのみこと)・日本武尊(やまとたけるのみこと)
・仁徳天皇(にんとくてんのう)の4座です。しかし、神人氏の祖神・オオタタネコあるいはオオクニヌシ
(又はオオモノヌシ)のいずれかとする説もあります。
三ツ矢サイダー発祥の塔は、平野駅近くのホームセンター(コーナン)にかかる三ツ矢橋を渡って、さらに北へ
200mほど進むと見なれた三ツ矢印が描かれた塔です。
江戸時代に温泉場として栄えた平野鉱泉が、明治時代に飲料に適しているため1884年 (明治17年)に初の飲料水
工場として、スリーダイヤの紋章を使う平野水を製造したのが三ツ矢サイダーの始まりです。後に三ツ矢の名を冠し、
アサヒ飲料に吸収されて現在に至っています。
頼光寺は別名あじさい寺とも呼ばれ、源満仲公の夫人である法如尼の発願で息子の源賢僧都(幼名美女丸)に
よって建てられました。梅雨時にはあじさいが色鮮やかに咲きほこりますが、庭師さんから「まだ十分開花して
おらず、色合いに少し時間がかかる。来週後半以降が見頃。」とのことでした。
これらのあじさいは、1974年(昭和49年)に本堂を再建した際に川西市観光協会から100株のあじさいの
寄贈が始まりです。また、本堂には北摂七福神寿老人像、源頼光神像が安置されています。
郷土館は、銅の製錬を業としていた旧平安家住宅を利用して、1988年(昭和63年)11月に開館しました。
1990年(平成2年)11月には川西市内の小戸地区にあった洋館の旧平賀家住宅を移築しました。
1995年(平成7年)11月には、青木・平通両画伯記念館としてミューゼレスポアールを開館し、同時に旧平安家住宅に
一色八郎氏のコレクションである箸の展示室と鉱山資料展示室を公開しました。
また、2010年(平成22年)2月には平通画伯のアトリエを再現したアトリエ平通をオープンしました。
2018年6月13日 中村位三郎
多太神社鳥居 |
多太神社本堂 |
多太神社説明板 |
三ツ矢サイダーの塔 |
三ツ矢サイダーの塔説明板 |
頼光寺門前 |
頼光寺本堂 |
あじさい1 |
あじさい2 |
あじさい3 |
あじさい4 |
あじさい5 |
郷土館(旧平安邸)玄関
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郷土館自慢!檜の継目なし垂木廊下と手作り一枚硝子 |
箸の展示室
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菓子型展示
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鉱山資料展示
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一庫の菊炭を見つけました! |
旧平賀邸全景
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旧平賀邸室内
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平安製錬所跡 |
真吹炉跡 |
平通武雄画伯作品展示 |
青木大乗画伯作品展示 |
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