欧州での思いがけない体験

欧州での思いがけない体験

                           宝塚市  山田  (ひろむ)

 エリザベス女王即位60周年奉祝行事の報道の、ウインザー城での女王主催の午餐会で、円卓を囲む各国の元首たち、女王の左隣りに天皇陛下、その隣にノルウエーのソニア王妃と報じる映像を見て、30年程前の私の北欧勤務時代の体験を思い出したので、その一部を紹介させて頂く。2012.6.1


40歳の誕生日に贈られたノルウエ―松下女子社員一同手編みのカーデイガンを着る筆者
と出張来社のラジオ事業部戸塚さん

MELUK10周年
山下社長(中央)を囲む欧州社長会の面々
筆者 最前列右2人目


【ノルウエー王室のVIPとの遭遇】

 ☆78年に北欧駐在員としてオスロに住み始めて2か月、初雪の降った翌日、城址公園を散歩中、シェパードを連れた大柄な老人が近づき、話しかけてきた。英国風の英語で、私が銜えていたパイプに興味を持ったようで会話が始まり、問われるまま、物価、特に酒,タバコが高くて困るなどを話した。気品も威厳も感じられ,ただ者とは思えず、失礼だか何か仕事を?と尋ねてみたところ、一瞬の沈黙の後、老人の口から出てきたのは「実は国民からは国王と呼ばれています。」そう言えば、確かに写真で見覚えのある国王オラフ五世その人であった。慌てて気付かなかった非礼を詫びると、老人、今や国王は自分こそ突然話しかけ失礼と握手を求められ、待機していたシェパードを促して、その場を離れて行かれた。オラフ五世、つまり冒頭で触れたソニア王妃(当時は皇太子妃)の夫のハラルド現国王の父君であったのだ。日本での天皇陛下と雅子さまの関係だ。それにしても国民の人気抜群とはいえ、一国の王が護衛なしで公園を散歩とは、当時治安の良い国情とはいえ、現在では考えられない。それだけに、昨年オスロで男が数十人を銃殺する事件が報じられ、驚きを禁じえなかった。

 ☆それから4年、ある冬の朝、六甲山に似たホルメンコーレンと云うスキーのジャンプ台で有名な山の中腹の自宅をあとに、零下10度前後の寒さで凍った下りの雪道をゆっくりと会社に向かい車を走らせ始めた。突然、前方右の道から真っ赤な車がヌット頭をだし、あわや私の車と衝突寸前。車窓からやや声を荒げ注意をするも、赤い車の運転席の女性は無言。それではと車をおり、相手の車に近寄ろうとしたところ、雪かきしていた顔見知りの老人が私の腕を掴んで間にはいり,落ち着け、あれは皇太子妃のソニヤだと告げる。それなら猶更怪しからんとカッとしたが、女性がようやく丁寧にお詫びの言葉を発したので、まあこのあたりで止めておいてやろう、とその場を離れた。 民間から王室に入ったソニア妃は、実家が私の家の近くで、里帰りの後、王宮に戻るところだったらしい。それにしても、皇太子妃が護衛なしで自ら車を運転とは、開かれ過ぎの王室の感さえあるが、ともかく治安の良い国、そして時代であった。

【英国王室のリスクマネージメント】

 84年、英国のカーディフのテレビ製造会社松下電業(MELUK)の創立10周年記念式典に、同社の取引先、欧州の販社、代理店、事業部などの幹部に加え、本社から山下社長も参加された。式典にエディンバラ公フィリップ殿下が臨席されるので、予定時刻が近づき参加者の多くが門から玄関までズラッと整列し到着を待った。やがて右手の方から濃紺のロールスロイスがパトカーの先導で姿を現し、門に左折して入ると思った瞬間、突然スピードをあげ、直進のまま走り去った。何事かと一同茫然。程なく,全く別の方角から、今度は黒いロールスロイスが静かに門に近寄り、歓声の中玄関に到着、フィリップ殿下がにこやかにおりてこられた。最初の車はダミーで、王室の危機管理の一端を見た気がした。参加者とこの事を話していて、スイスの代理店の社長と営業部長の長男はリスクを考え、いつも通り別々の飛行機で現地入りしていることを知り、価値観の違いを感じたものだ。

【皇太子殿下ご夫妻をお迎えして】

 85年に皇太子時代の天皇陛下が美智子様と共に北欧三カ国を訪問の際、オスロの日本大使公邸での歓迎レセプションに、私ども夫婦もメーカー代表として招かれ、両殿下と親しくお話をさせていただく光栄に浴した。両殿下とも非常に気さくに会話され、驚いたのは松下電器の活動についても良くご存じで、美智子様が私に “松下さんは素晴らしいことをなさいましたネ!”とおっしゃり、その年に幸之助氏が創設した「日本国際賞」について賞賛のお言葉を頂戴し、実はその時点で詳細を殆ど知らない私は、それがバレないよう必死に対応したものだ。十数年後に、私が日本でこの国際賞に係る仕事に携わるとは、不思議である。

 


k会社生活の9割以上が海外関連の仕事であったため、たび重なる海外出張と欧州10年、米国4年の現地勤務を通じて、数多くの忘れがたい体験をすることができた。そんな経験の一部が社内報や雑誌に掲載されたり、講演の折に披露した話を何人かの友人から本にまとめたらと提案を貰っていたが、古希を目前にした2010年の秋、重い腰を上げる機会を神戸在住の友人の紹介で得て、小冊子「異国追想記」を作成することにした。海外で種々の価値観に接するとともに、日本という国を外から見ることができたことを改めて有難く思いながら、記憶の糸を引き寄せ記したものである。
上記はその一部を「兵庫ひがしの友」2012年7月号に掲載したものである。
 
著書 「異国追想記」
山田 (ひろむ)
発行 友月書房
A5変型・92ページ
2010年12月吉日発行