太陽が丘から宇治へ
第216回 くらわん会例会 2014/5/6(火)
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〈行程〉
近鉄・大久保駅(旦椋神社集合)⇒名木川緑道⇒宇治市植物園⇒太陽が丘(山城総合運動公園・
昼食)⇒ 白川集落⇒もみじ谷⇒天ヶ瀬吊橋⇒宇治川右岸遊歩道⇒朝霧橋(解散)⇒京阪・宇治駅
〈距離〉
9Km
〈参加者〉
131名
初夏の陽射しと緑が眩しい、快晴のさわやかな例会になった。大久保駅は東側にロータリーが出来、スーパーが隣接した整った駅に変身している。駅から少し西にある旦椋(あさくら)神社が今日の集合場所。
枚方から1時間以上のアクセスにもかかわらず、131人の参加者が境内に集まる。多数回表彰、コース説明を済ませて名木川緑道に向かう。
旦椋神社を出発、国道 24 号線の立体歩道橋が老朽化し渡れなくなっていたため駅すぐ横の信号まで戻って旧24号線の交差点を横切る。工事中の道を暫くゆくと、JR 奈良線新田駅近くのガードを潜る。この辺りの名木川は昨年の台風18号の被害で、大規模な河川改修工事が行われている。
新しい住宅地が開ける 大久保小学校横から名木川沿いの遊歩道に出る。名木川沿いの道は、遊歩道として良く整備されており緑が美しい。川を登りつめ立命館宇治高校の赤レンガの瀟洒な建物が見えてくると、隣は宇治市植物公園になっている。
宇治市立植物公園に到着、休憩をとるこの植物公園は平成8年 10 月にオープンし、総面積は 10ha。起伏に富んだ敷地の正面には日本一を誇る立体花壇「花と水のタペストリー」、宇治市に因んだテーマやキャラクターの絵柄を、幅62m、高さ18mの壮大な雛壇(46段)に、3,675基のプランターを並べて描いている。
この季節は、第75作「柴犬」で、デザインは市民の応募作品(宇治市長賞)。絵柄はビオラなどで描かれている。北東部右側には紅葉や 木の実が楽しめる秋のゾーン、 南西部左側には花木や季節の花々が楽しめる春のゾーン、巨椋池系花蓮を収集展示している夏のゾーンがあり、緑の休息所(温室)は 年間を通じて熱帯・亜熱帯植物の花が咲き誇り、回遊式に観賞できる。
植物園には入館せず、給水とトイレ休憩でしばしくつろぐ。フラワーブリッジの花壇には春の花があふれるように盛りつけられている。周りの木々は、むせ返るような緑が溢れて強烈な生命の息吹が感じられる。植物園には休憩所と合わせて緑の販売コーナーがある。
しばしの休憩の後、植物公園の後ろの尾根を登ると、京都府立「山城総合運動公園」ふれあいの森に入る。ふるさとの森から家族連れで賑わっている遊びの森へ、左手の尾根の階段を上ると京都府立山城総合運動公園につく。公園の愛称は「太陽が丘」。公園の総面積は約108ヘクタール。運動施設が充実しており、年間100万人の利用者が訪れ、様々な大会などが行われている。
「第43回国民体育大会」が1988年に京都府で開催されるため急ピッチで工事が進み、1982年3月に開園。陸上競技場、第2競技場、第1野球場、公園センター、テニスコート、ファミリープール、競泳・飛び込みプール、体育館など運動施設が完成。1991年には、隣接地で全国植樹祭が開催。植樹祭の会場跡地が「府民ふれあいの森」として整備。京都府立山城総合運動公園に編入された。
センター前の広場からは宇治市内が一望に見え、新緑の山々が美しい。なんと風までがそよやかに心地よく吹いている。それぞれの場所で風景と好天の季節を堪能しながら、ゆったりと昼食を摂った。
午後は、歩道が未完成で一列縦隊の危険な道も一部にあったが、宇治市白川集落への街道に降りてのどかな村落に入り、右に折れると白山神社への参道がある。白川金色院の惣門(江戸時代)を潜る。白川金色院は平安時代後期康和4年(1102年)に関白藤原頼通の娘にあたる四条宮寛子(後冷泉皇后)によって創設されたと伝承される寺院で、七間四面の本堂のほか、多くの堂塔や坊舎を誇り堂塔には金がちりばめられていたと伝えられている。
今は金色院鎮守の白山神社と像・惣門・九重石塔・古い墓石群・すぐ北側の地蔵院に伝来する数体の仏像彫刻が残っている。 惣門を潜ってしばらくのところに白川金色院の説明書きと藤原鎌足からの系図が掲げられ、金色院址と紹介されている。
雨上がりの急階段を避け、橋をわたって鬱蒼と茂る東海自然歩道の「もみじ谷」を歩く。いろは楓の群生地であるもみじ谷は、この季節は緑の濃い狭い谷筋を、足元に注意しながら歩を進める。途中に開けたもみじ谷広場で給水休憩、ようやく木漏れ日が差し込んで輝いていた谷を抜けると視界が広がり、対岸に緑いっぱいの宇治川左岸に出る。
左岸の歩道を宇治川上流に向って行くと、やがて天ヶ瀬吊橋が見えてくる。天瀬ダムの下流、宇治橋から宇治川上流2.5kmに架かる天ヶ瀬吊橋は約50mの長さであるが、周囲の山々、宇治川、緑深い眺めとその風景はまさに宇治の奥の院である。左岸から吊橋を渡り、右岸の遊歩道を緑の風に吹かれながらのんびりと下流に下る。両岸の道は東海道自然歩道で、気軽なハイキングコースになっている。
開祖道元が開き宇治に移された、茶道で有名な曹洞宗の名刹「興聖寺」から亀石楼を過ぎると宇治川発電所の豊かな水量の放水路が緑に囲まれている。やがて宇治神社、宇治十帖モニュメントと、万葉歌碑がある朝霧橋に到着。
朝霧橋は宇治川右岸と中ノ島を結ぶ橋、ここで解散し、1052年に宇治関白、藤原頼道が建造、修復が終わったばかりの平等院の鳳凰堂や同じように世界遺産の宇治上神社などを見学、それぞれに京阪宇治駅に向かった。
<取材:冨田、永井、吉川 HP作成:冨田>
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