枚方南支部行事報告


秋のレクレーション  2007年11月22日
小浜から熊川宿を経て京都へ・・・鯖街道
 数日前から真冬並みの寒気団が到来し、一気に紅葉の見頃を迎えた11月22日に本年最後の行事である秋のレクレーションを実施しました。
バス2台で出発 バス2台で出発  ラポール枚方裏側の集合場所から8時に出発。今回はバス2台で総員76名が参加されました。第二京阪から名神・山崎JATを経由して桂SAで最初の休憩をとった後京都東INTから西大津バイパス経由で湖西道路(161号線)に入った
湖西道路に入って間もなく雨模様となり更に事故による渋滞に遭遇。小雨に煙る琵琶湖を右に紅葉の始まった比叡連山を左に見ながら志賀・高島・安曇川と通過。今津から303号線に入り京都八瀬方面への分岐点(若狭街道367号線)の保坂を通過する頃には本振りの雨になってきました。
若狭の国に入り道の駅「若狭熊川宿」で2回目の休憩を取りましたが、時は11時20分。予定時間より遅れていたのでスケジュールを変更して昼食会場「若狭松風」に到着。
前菜、お造り、若狭ガニ、尾頭付鯛の焼き物、よせ鍋、てんぷら、茶碗蒸し、越前蕎麦、ご飯、の豪華昼食を堪能し、次の目的地「箸のふるさと館WAKASA」へと移動しました。
☆「箸のふるさと館WAKASA」と
       若狭塗箸の歴史

館内には約3000種類もの若狭塗箸が展示即売されており、又箸研ぎの体験もできます。若狭塗は江戸初期に小浜藩の御用塗師「松浦三十郎」が支那漆塗の一種在星をヒントに、海底の様子を意匠化して考え出したのが始まりです。江戸中後期にかけては若狭塗の黄金時代で、箔押し研出し技法(青貝・卵殻)、螺鈿以外にも蒔絵の技法も併用され、200種以上にも及ぶ塗手法が完成されたと言われています。(箸のふるさと館HPより)
  小浜市は全国の塗箸のおよそ80%を生産しており、現在放映中のNHK朝ドラ「ちりとてちん」のヒロインの祖父と父が若狭塗箸の工房を営み、その舞台となっています。市内には「ちりとてちん」のポスターや幟がいたる所で目立っていました。
☆「御食国」と「鯖街道」
小浜市は全国に先駆けて食文化都市宣言をし、市を上げて「御食国若狭おばま」食のまちづくりを推進しています。「御食国」とは(みけつくに)と読み、奈良・飛鳥時代から若狭の国が、朝廷に税として塩や塩漬けした魚介類を納めていた事から「御食国」と呼ばれていました。
小浜では「京は遠ても十八里」と言われ、若狭から運ばれた鯖が、京の都へ着く頃には丁度よい塩加減になったということから「鯖街道」と呼ばれたと言われています。小浜市和泉町の魚屋街に鯖街道起点の地があります。(小浜市観光協会HPより)
予定には無かったが「若狭フッシャーマンズワーフ」に立ち寄り、若狭名物の焼き鯖・鯖寿司・越前ガニ等をお土産として買い求めました。
この間も雨は降ったり止んだりを繰り返していましたが、次の目的地「熊川宿」では傘をさして約1.5kmを散策しました。
「熊川宿」は江戸の宿場町そのものの家屋が並び、国の重要伝統的建造物群保存地区になっています。小雨に煙る宿場町もそれなりに情感があり、特に文明開化当時の煙草の看板や「いもぐるま」(芋を籠に入れ川の流れを利用して皮を剥く)はまさに江戸・明治の時代にタイムスリップしたような感じがしました。
熊川宿を後に、若狭を抜けて滋賀に入ると雨は降っておらず、西の空は夕日でした。一路枚方を目指しましたが、最後の休憩場所を予定していた名神桂SAは京都南から茨木の間が超渋滞してるため敬遠し、大津SAで休憩をとり、瀬田西から石山に迂回、京滋バイパス経由で第2京阪に入ろうとしましたが、小椋INTの手前からまたまた大渋滞。一般道に降りて淀川沿いの旧1号線で枚方に入り、予定より大幅に遅れましたが樟葉駅にて無事解散となりました。(金箱記)
ゆとりの車内 ゆとりの車内
琵琶湖を右に見て
琵琶湖を右に見て
道の駅「若狭熊川宿」
道の駅「若狭熊川宿」
食事会場「若狭松風」
食事会場「若狭松風」
昼食
昼食
お料理
お料理
食事風景
食事風景
箸のふるさと館
箸のふるさと館
箸の神輿
箸の神輿
ずらっと並んだお箸
ずらっと並んだお箸
箸研ぎ体験コーナ
箸研ぎ体験コーナ
お箸をお買い物
お箸をお買い物
若狭フッシャーマンズワーフ
若狭フッシャーマンズワーフ
水産物のお買い物
水産物のお買い物
「熊川宿」の入り口
「熊川宿」の入り口
熊川宿を散策
熊川宿を散策
いもぐるま
いもぐるま
煙草の看板
煙草の看板
「熊川宿」のお店
「熊川宿」のお店

街道
関所
関所

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