2014年 枚方北支部 秋のレクリェーション

榊原温泉と伊賀上野公園への旅

2014年11月18日(火)

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【 枚方出発 】
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出発前の打ち合わせ
 肌寒さを感じる晩秋の朝、薄曇りながら集合場所の「ラポール枚方」裏の道路には、今が紅葉シーズン真っ盛りとあって多くの観光バスが停車し、賑やかでした。私達の「秋のレクリェーション」には76名の方々が参加され、バス2台で予定通り午前8時丁度に出発しました。今回の行程は、 ラポール枚方⇒久御山IC⇒京滋バイパス、名神、新名神⇒伊勢道 久居IC⇒榊原温泉(入浴・昼食)⇒伊賀上野公園(散策)⇒名阪上野ドライブイン(休憩・買物)⇒西名阪道⇒近畿道⇒第二京阪、交野南IC⇒ラポール枚方、と渋滞に合わないように工夫されたバスの旅でありました。

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旅館「清少納言」全景
【 榊原温泉 】
 土山SAで休憩の後、三重県に入ると曇っていた空も青空に変わり、最初の目的地・榊原温泉の旅館「清少納言」に到着。この地は「お伊勢さん湯ごりの地」として歴史があり、清少納言の「枕草子」で、「湯は七栗の湯(榊原温泉)、有馬の湯、玉造の湯」と称えられた三名泉の一つであり、美肌の湯としても有名であります。到着後、それぞれに周辺の散策をしたり、名湯にゆっくり浸ったりしながら、自由時間をのんびりと楽しみました。

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「清少納言」の表札
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榊原温泉に到着です
● 榊原温泉の由来●
 無色透明な榊原温泉の湯は、風呂上がりに肌がつるつるスベスベになる事から、美肌の湯として知られています。 このつるつるスベスベの理由は、科学的に解明されていないようですが、榊原温泉のホームページによると、温泉成分に絶妙なバランスで含まれる重曹の成分が古くなった皮膚の角質を崩れ易くし、ナトリウムイオンを多く含む高アルカリ成分が皮脂と温泉の間に石鹸の様な膜をつくる事で、肌につるつるとした効果をもたらせるのではないかと、説明されています。
 古くは万葉の時代、お伊勢さんの”湯ごりの湯”として利用されてきた温泉で、当時は「ななくりの湯」と呼ばれていました。

○ 恋の病に効く?○
 『湯はななくりの湯』と讃えられた榊原温泉は、「恋の湯治場」として、都で温泉の代名詞になっていた様で、『一志なる 七栗の湯も 君がため 恋しやまずと 聞けばものうし(夫木集)』『よの人の 恋の病の薬とや 七栗の湯の わきかえるらん(堀河後度百首)』など、数多くの和歌が、鎌倉時代から室町時代にかけて詠まれ、特に恋の病を癒す「いで湯」として、多くの歌人に詠われました。今も、榊原温泉は疲れた心と身体を癒す温泉として多くの人に愛されています。(榊原温泉のホームページより引用)
 近くには温泉の神様が祀られている「射山神社」があり、地元では「宮の湯」とも呼んでいました。最近では恋のパワースポットとして、大黒様の「恋こ槌」に人気があるそうです。神社が1588年にこの地に遷されてから、神社の境内から湯が湧くようになったと言われており、其の湯元跡もありました。また神社の前には今でも水が湧いている「榊の井」があり、この水は長命水と呼ばれています。

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榊原温泉の散策マップ
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温泉の神様「射山神社」
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射山神社の説明板
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江戸時代に賑わった湯元跡
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江戸時代の湯治場を描いた木版
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恋のパワースポット「恋こ槌」
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水琴窟(竹筒に耳を当てる)
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芭蕉の小道
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今も湧いている「長命水」
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青山高原の風力発電が見える
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榊原氏古城跡の城山
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「清少納言」の大浴場

【 昼食懇談会 】
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支部長のご挨拶
 「ななくりの湯」で、すべすべのきれいな肌になり、恋の病もすべて忘れ、全員揃ったところで旅館の大広間にて昼食懇談会が開始されました。
 最初に山本支部長よりご挨拶があり、恒例の「支部行事参加5ポイント達成者の表彰」を行い、続いて乾杯の音頭で懇談会がスタートしました。写真のように水炊きあり、お造りあり、そして天ぷらありの豪華な料理に舌鼓を打ち、飲み物も十分で、地元の酒「初日」なども味わいながら、ゆっくりと懇談を楽しみました。
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ボリュームたっぷりの料理
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支部長の音頭で乾杯
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昼食懇談風景
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昼食懇談風景
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昼食懇談風景
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昼食懇談風景
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昼食懇談風景
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昼食懇談風景

【 伊賀上野公園 】
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伊賀上野観光案内図
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公園入口
 昼食懇談会の後、再びバスで「伊賀上野公園」に到着しました。バス単位で記念写真を撮影した後、木々が紅くきれいに色付いた公園内を、各自思い思いに散策に向かいました。
 上野公園は伊賀流忍者の里であり、松尾芭蕉生誕の地、そして優美な上野城や伊賀の名所旧跡が点在し、散策路を歩きながら、さまざまなスポットを見物することができました。
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威風堂々「伊賀上野城」
●伊賀上野城●
 上野城は、藤堂高虎が築城しました。白鳳城とも呼ばれ、日本100名城にも数えられています。 その歴史は、天正13年(1585)に伊賀上野の藩主であった筒井定次が城を築き、その後、慶長13年(1608)に徳川家康の命を受け、藤堂高虎が拡張を行い、高さ30メートルにも及ぶ、高石垣打ち込みハギという技法で作られており、日本有数の高さを誇る石垣です。 現在は当時の内堀と石垣、そして昭和10年に築かれた天守閣が残っており、城内には藤堂高虎の甲冑のほか、横山大観などの色紙の展示が行われていました。天守は、昭和60年に伊賀市の文化財に指定されています。

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一号車の皆さん
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二号車の皆さん
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築城記念碑
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高さ30mの高石垣
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天守閣広間
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天守閣より伊賀上野の町を望む
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天守閣復興を祝う天井の大色紙
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藤堂高虎の座像

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芭蕉を模った「俳聖殿」
●松尾芭蕉●
 伊賀は、松尾芭蕉の生誕の地でもあります。松尾芭蕉は、言わずと知れた「奥の細道」で有名な俳人ですが、生誕300年を記念して昭和17年に建立されたのが「俳聖殿」です。 この建物の形は、松尾芭蕉の旅姿であると言われ、屋根は傘、その下は顔、下屋根は蓑と衣、お堂が脚部、柱は杖と脚を表現しているのだそうです。松尾芭蕉の座像(伊賀焼)があるそうですが、芭蕉祭(芭蕉の命日の10月12日に開催)の時にだけ公開され、残念ながら今回は見ることができませんでした。この公園の中には「芭蕉翁記念館」もあり、市内には「芭蕉翁生家」「蓑虫庵」などもあります。
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紅葉がきれいな俳聖殿門前
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松尾芭蕉の座像(観光HPより)
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芭蕉翁記念館
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忍者博物館全景
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伊賀流忍者の特別企画展
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ポーズを決めてくれた忍者くの一
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公園周辺のきれいな散策道
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そろそろ帰りの時間です


【枚方へ到着】
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名阪上野ドライブイン
 伊賀上野公園の散策を終え、予定通り15時45分に枚方へ向けて出発しました。途中「名阪上野ドライブイン」に立ち寄り、トイレ休憩や買物をし、その後はトイレ付バスのメリットを生かし、枚方までノンストップのドライブでした。帰りの高速も渋滞はなく、極めて順調に走行し、交野南ICで降りてラポール枚方への到着は、予定より約20分早い18時10分頃でありました。スタート時は天候が少し危ぶまれましたが、その後は陽のさす時もあり、余裕のあるスケジュールで秋の一日をゆっくり楽しむことが出来ました。


写真撮影:大熊、倉橋、石川、福本、坂本  HP作成:坂本  

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