☆第40回 三木 有馬 三田 周遊の夏
文芸クラブ10周年 イベント重ねて40回
今回は ゆったりのんびり 近場巡って温泉・佳肴で暑気払い
〔 平成19年7月27日(金) 〕 参加者24名
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梅雨去り快晴。 8時、高槻市役所前を出発。 40回目ともなると、ドライバーもバスガイドもお馴染みの顔。 車内はゆったり座席。 早くもお菓子が巡り、気分は幼児の遠足の如。
高速道に入って快調なドライブ。 文芸クラブ発足の趣旨および今までの温故知新の旅を回顧しながら、本日の訪問地選定の理由、スケジュールなどの説明。 続いて今日訪ねる地域の歴史と、それによる地場産業への関わりなど、予備知識を共有しているうちに第一訪問地に到着。
【 三木 】
三木は金物の町として知られている。 元来、中国山地は鉱山資源が豊富で、『続日本紀』には、美嚢(みのう)郡に渡来系製鉄技術集団、韓鍛冶(からかぬち)の名が記述されており、その歴史は古いが、金物の町として広まったのは戦国時代からである。
“三木の干殺(ひごろし)”と言われた、秀吉の兵糧攻めで有名な「三木合戦」後の城下町復興に、各地から大工・左官などが集まり、彼らの道具を作るために鍛治屋も増えて、金物の町の基礎ができた。 今では三木金物は経済産業大臣指定伝統工芸品“播州三木打刃物”のブランドを誇っている。
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☆道の駅「みき」
播州三木打刃物を観るため、道の駅「みき」に寄った。
ここは山陽自動車道三木・小野ICより国道175線を明石方面へ約3q。 森林に包まれた高台にある。
道の駅といっても、大型車を含め200台もの駐車場があり、ログハウス風の2階建てには観光案内所・レストラン・コンビニ・特産品売場・休憩場・会議室・金物展示館などが揃い、堂々たる観光施設である。
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2階の「金物展示館」見学では、職員の方が順次説明し、質問にも丁寧に答えてくれた。三木ではおよそ20名の伝統工芸士登録者が技を守っているそうだ。
館内では、三木市内の金物メーカー50社ほどから出展された、およそ20,000品目にもおよぶ金物製品が展示販売されている。
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伝統工芸品の鑿・鉋・鏝から、鍬・鎌・草刈機などの農具、あらゆる職業の工具、家庭用刃物など、およそ金物と名がつくものが揃っていて、ホームセンターにはない逸品もあり、プロはもちろん一般市民の要望に応えている。
鏝(こて)
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工芸士ごとに陳列された鑿(のみ)
肥後守(ひごのかみ) |
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鉋(かんな) |
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肥後守は、三木市平田町で作られた「平田ナイフ」を改造して生まれたという。 子供が持てる唯一の刃物として重宝にした肥後守ナイフだ。
早速ゲット。 \630也。
“肥後守手にして想う夏休み”(◇)
三々五々バスに戻ってから、ホームセンターにない「草引き」を買っているのを見て、「私も!」と、買いに戻る人。 バッグを忘れたと慌てて探しに行き、「無かった」と、がっかり。 知恵者が「ケイタイ掛けたら…」。 途端に、座席の下で呼び出し音。 拍手喝采で出発進行。
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【 有馬 】
二つ目の訪問地有馬温泉は、裏六甲の出湯で、白浜・道後と並ぶ日本三古泉。 舒明(じょめい)天皇や孝徳天皇が来湯したことが『日本書紀』に著され、清少納言の『枕草子』にも登場する歴史の古い温泉地である。
☆有馬温泉「兵衛 向陽閣」
そんな有馬温泉の中でも600年前、室町時代の文献「陰涼軒目録」(おんりょうけんもくろく)に、「二の湯兵衛」「谷の兵衛」と記された老舗、「兵衛 向陽閣」で汗を流し、昼食を摂ることにした。
先ずは有馬ならではの金泉に浸かる。赤茶色で舐めると塩辛い。殺菌力が高く皮膚疾患に効くという。この効能が「有馬の3羽カラス」伝説を生んだわけだ。
“身を沈む有馬の出湯夏闌(た)ける”(★) “凌霄花(のうぜん)や有馬金泉同じ色”(★)
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露天風呂と大浴場、人によってはサウナまで楽しんだあとは、大広間「聚楽」で昼食。 |
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次々運ばれる料理に舌鼓を打つ。 煮物も焼物も上品な薄味。 夏場を考えた板場の配慮なのだろう。 量も頃合。 一言で言えば、垢抜けた料理でありました。
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湯上りの一杯。 旨い ! |
食後、書画を楽しむ。さりげなく美術作品が飾られている。 全館観賞したいが時間がなく残念。 |
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「泉客伴来」
さて、今度は誰と来ましょうかね。 |
売店でそれぞれお土産を物色。有馬は良質の竹に恵まれていたので、有馬籠・有馬筆・有馬人形筆、それに炭酸泉から炭酸煎餅・炭酸饅頭などが名物。 職人技が県の重要無形文化財に認定されている有馬筆。遊び心から考案された華麗な有馬人形筆に見惚れる。
2時半、最後の訪問地三田へ向かう。 振り返ると、兵衛向陽閣が山肌に聳える。有馬の谷は深い。
【 三田 】
三田は有馬温泉の北、いわゆる三田盆地に広がる典型的な農村であったが、1980年代からのニュータウン開発で、大阪・神戸の衛星都市として急激に発展した。人口増加率が10年連続して日本一だったというから凄い。しかし、時代は少子高齢化。行政の課題も多いことだろう。
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☆三田市立ガラス工芸館
平成2年、三田市のシンボルである有馬富士の東、丹波立杭焼の陶土の産地として知られる山あいに、200dの処理能力をもつクリーンセンターが完成した。
当然のこととして、ごみ焼却の余熱利用の付帯施設を建設することになったが、当時はバブル経済の最盛期であったので、温水プールやサウナ付浴室、研修室などに加え、ガラス工芸もやろうということになり、関西でも屈指の大規模施設、「三田市立ガラス工芸館」が平成5年に完成した。
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到着すると、責任者が設立の経緯から、運営方針・活動の現状および課題を熱く語り、現場を案内し懇切に説明してくれた。
主な事業として、ガラス工芸の技術者を育成する「講座コース」と、ガラス工芸に親しんでもらう「体験コース」がある。
講座コースでは、1000人余りが卒業。さらに技術を深める再チャレンジシステムもある。
体験コースでは、8割が市外の人で、山口県や四国からの参加者もあるそうだ。
とは言っても陶芸などに較べるとまだマイナー。運営は厳しいようで、体験コースへの再訪を何度も言われた。
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鏡の周りに色ガラスを組合せて作るモザイク模様
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ガラス棒を熔かし、ビーズを作ってストラップに |
吹きガラス工房風景
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吹きガラス作品
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ステンドグラス・バナーワーク・吹きガラスの他に、高圧で砂を吹き付け模様を刻むサンドブラストコースもある。
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風鈴にワンポイントサンドブラスト |
ロビーでは18世紀から現代にいたるヨーロッパ・アメリカ・日本の素晴らしい作品が展示されていた。
じっくり鑑賞して4時ごろ帰途に。
“有馬富士名残惜しめり晩夏光”(★)
今回は夏場なので、歩くことが少なく、車の時間も短い所を選んだので、早い帰着と思っていたが、事故のわき見渋滞に巻き込まれた。
“目を塞ぐ交通事故や夏果つる”(★)
それでも、予定より30分ほど早く高槻市役所前に無事帰り着き、拍手で散会。
“秋隣り早次の旅思い馳せ”(★)
俳句 (★)印:井元純子 (◇)印:永野晴朗
写真・文:永野晴朗
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