第93回 霊峰・比叡山に登る

2010年3月11日(木)  参加者46名



 3月11日(木)、寒さは厳しいが、好天に恵まれる。 京都府側から登り、滋賀県側へ下る。
 午前9時修学院病院前に精鋭46名が集う。 鷺森神社の境内を通り、音羽川に沿って坂道を登る。
修学院病院前で登山準備

鷺森神社で行程説明
 雲母(きらら)橋を経て雲母坂に着く。 本格的な山道に入り、延々と続くかなりの急坂を登ってゆく。 (親鸞上人も20年に及ぶ叡山修行の後、この険阻な坂道を下って、法然上人の吉水へ参られたのであろう) 全員が一列になり、黙々と前進する。 黒ずんだ野生の大鹿が20m先の高所を悠然と横切る。

雲母橋

急な坂が続く雲母坂 雪がちらほら
息が切れる頃、比叡ビュースポットからの京都全景の眺望は壮観だ。 お陰で疲れた心身が癒され、元気を取り戻す。
 9合目辺りで、最後尾のグループの姿が見えなくなる。 そこまで引き返し、汗をかいて遅れがちな初陣の方にステッキを手渡し、使ってもらう。 3本の道に分かれる分岐点に着く。 先行する40人は、旧人工スキー場のゲレンデの積雪を踏んで横断し、くねくねと登り、山上に達する。
人工スキー場のゲレンデ跡を過ぎると雪道が続く

冬山登山の感じをチョッピリ



針葉樹林を抜けるともうすぐ頂上


最後尾の6人は、舗装された大通りの積雪を踏んで登り、やっと山上に達する。 見上げると高い木々の樹氷が格別美しい。
山頂の樹氷 陽光に輝く
 昼食後の談笑の時、粉雪や霰(あられ)が降って来たと思いきや、これは上空の風で樹氷から雪が舞い降りてきているのだった。 一方、ひょろっとした彼岸桜の木が、はやくも二つ三つと花を咲かせているのに驚く。 滋賀の町並みや琵琶湖の雄大な景色を満喫する。 山上では誰しも五感が研ぎ澄まされる。 二組に分かれて記念撮影を実施する。 達成感からかどの顔も歓喜に溢れ光り輝いている。
樹氷の山を眺めながらの昼食

高槻支部メンバー

高槻・茨木摂津・その他支部メンバー
 比叡山延暦寺の根本中堂に参詣する。 桓武天皇時代、護国鎮護のために最澄が創建して以来、1,200年余も法灯が絶やされたことがないという。 ちなみに北摂歩こう会としては、空海の高野山金剛峯寺へは5年前の秋、町石道を歩き参詣済み。

比叡山延暦寺

ケーブル延暦寺駅からの眺望
 ケーブル延暦寺駅前で第一次解散とする。 20名が延暦寺の門前町だった坂本へケーブルで降りる。 26名は、険阻な細い道もある蟻ヶ滝コースを慎重にして快活に下りる。ロープ伝いで下りる人もいる。 比叡山高校グラウンド横を通り抜ける。 JR比叡山坂本駅まで歩き通し、第二次解散とする。

ケーブル延暦寺駅から蟻ヶ滝コースへ

麓の坂本も もうすぐ

 今回の登山にあたり、世話役が年末に下見をし、会長が21日単独下見をされた上で、最終コースが慎重に決定された。 当日、最低2℃、最高11℃という実質冬の登山に相当するにもかかわらず、標高800m級の霊峰・比叡山に果敢に挑み、全員無事到達できた。 お互いの健闘を讃え合いたい。 参加者全員の健康長寿を祈らずにはいられない。

【参加者】
秋山充久 後昇 内田秀雄 大野弘雄 隠岐洋之助 構冨士夫 木田俊一 北村一郎
見城好豊 近藤健二 近藤恵美子 坂井紀久男 正田稔 新宅直幸 新宅蓉子 平英一
辰巳寛康 仲尾富三 野口稔 野久保秀次 橋木悦男 服部うた子 濱井信行 
細野宇一
前田勝 前場克彦 渡辺重夫 小村重人 垣内秀介 梅園佳信 岡村肇 尾崎博
尾崎和世 染川良一 田村勲
 逵広樹 野崎昭子 檜原敬一 冨士永義文 深田剛輝
前島浩 松島武宣 松平はま子 古屋幸範 小川弘行 塚田元朗


     【世話役】 岡村肇 濱井信行 田村勲

     【 文 】 辰巳寛康

     【写 真】 仲尾富三 見城好豊