第80回例会 加茂盆地を歩く

2009年11月12日(木)  参加者60名



 深まり行く秋の11月12日(木)、精鋭60人が集い、加茂盆地を歩く。特に木津川より北側の瓶原(みかのはら)を中心に歩く。
「みかの原 わきて流るる いづみ川 いつ見きとてか 恋しかるらむ」(百人一首) 奈良時代元明(げんめい)女帝以来、離宮があった所。天平時代聖武天皇が恭仁京(くにのみや)を造営され、平城京から3年余にわたり遷都された所。

 JR関西本線加茂駅前広場で軽いストレッチの後、御陵神社・旧燈明寺、薬師寺へ向かい、参拝。



 加茂盆地の中央を流れる木津川にかかる恭仁大橋を渡る。その北詰で大伴家持の歌碑に出会う。


「よろしき山なみ泉の流れ永遠(とわ)にいにしえの恭仁の都」


 木津川沿いの道を右に折れ北に向かい、田畑、住宅地をゆるやかに登る。次第に汗ばみ、ジャケットを脱ぐ姿がチラホラ。公民館から海住山寺(かいじゅうせんじ)まで約1km。 舗装されてはいるものの、かなりきつい登りが続く。高低差170m。各自、真価を発揮し、最後の石段を登り切り、山門をくぐる。
海住山寺への道

 入山料を払い、海住山寺の奥の院で寺宝を前に座して女人から説明を受ける。海住山寺は天平時代に藤尾山観音寺として創建された。鎌倉時代初期、学徳兼備の解脱上人貞慶が中興され、観音の浄土にちなんで、海住山寺と命名。さらに慈心上人覚真が、心柱が初層で止められているので建築史上有名な五重塔(国宝)を完成されたという。立ち上がって奥の院の寺宝を個別に拝観。奥の院の十一面観音像(重要文化財)が小振りながらも格別美しい。

海住山寺の奥の院にて

 境内の一隅で昼食を摂る。懇談の笑い声が起こる。真っ赤な紅葉に囲まれ、五重塔が悠然と立っている。鄙びた山中にあるせいか鎌倉時代から一度も災害に見舞われたことがないという。その比類ない五重塔をバックに2組に分かれて記念撮影を実施する。

境内裏の見晴らしの良い丘で昼食

高槻支部(1)の皆さん

高槻市支部(2)と茨木摂津支部およびその他支部の皆さん
 高所から加茂盆地を見渡す。南へ下る。茶畑、一面のコスモスの花、田畑を眺めながら心楽しく歩く。
 史跡・恭仁京跡大極殿の礎石と山城国分寺塔跡の礎石を観察しながら、往時を偲ぶ。
恭仁京跡で休憩

 恭仁神社、恵美須神社に参拝し、木津川の土手沿いに歩く。恭仁大橋を渡り、加茂町のアーケードを抜け、加茂駅に到着。精鋭全員元気に約12kmを完歩し、解散。


恭仁神社

木津川の土手道を歩く

恭仁大橋

加茂駅に到着

 京都府の名所旧跡の見学を兼ねた歩こう会となり、実に充実した晩秋の一日だった。


         世話役:平 英一 浜井信行 多田章子

         文:辰巳寛康  写真:仲尾富三 見城好豊